なぜ働いていると本が読めなくなるのか

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なぜ働いていると本が読めなくなるのか

著者名: 三宅香帆

ページ数: 267

種類: 読み物

おすすめ度: ★4

読了日: 2026年2月2日

一言要約:
なぜ働いていると本が読めなくなるのか?という疑問から始まり、明治時代からの読書習慣の変遷を辿り、現代の私たちはどうするべきなのかの提言をしている。

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読書中の感想:
「仰げば尊し」は1984年に小学校の教科書に載っていた。「身を立て名をあげよ」という歌詞があるが、これは現代でも言われていることではないか?

自己啓発本は男性向けなのだろうか?意識高い系は男性しかいない?女性で意識高い系の人はいる?自己啓発本は明治時代から男性向けらしい。

自己啓発本が修養、小説が教養。

自己啓発本をバカにするのは、少なくとも昔はエリート層だった。エリート層の人は不自由なく学問を探求することができたが、そうでない人は自己啓発本を読むことで学問への欲求を満たすしか方法がなかったため。現代はどうだろう?

自己啓発本は、社会や他者は変えられない(uncontrolable)だから、自分を変えよう(=社会や他者はノイズとして除去して考えよう)というのが根底にあるので、そこが問題点?その、ノイズを除去して考えるというのが自己啓発本だけではなく社会の常識として定着してきているのではないか?「意味のある事しかやりたくない」とか、「自分で変えることができないものには干渉しない(知りたがらない)」とか。これははたして良い流れなのか、悪い流れなのか?それとも、良い面と悪い面どちらもあるのだろうか?折衷案を採用するのが最適なのだろうか?そもそも、最適というものは存在しないのか?そして、それはインターネットも同じではないだろうか?

なぜ鬱病になるのだろうか。なぜ鬱病が生まれたのだろうか。鬱病が存在することによって、メリットは存在するのか?
→一つのことに頑張らせすぎないため?鬱病は一つのことにコミットして、燃え尽き症候群になった時に発症しやすい。四六時中同じことに取り組んでいるとメンタルヘルスが壊れてくる。これは先人が示している。
→一つのことではなく、いろんなことに挑戦しないとこれ以上成長できないよということを遺伝子が痛みを伴って伝えてくれている?(論理の飛躍)もちろん他の側面もあると思うけど。

以下の言葉に感動した。もっと理解したいと思った。
"君たちはみんな、激務が好きだ。速いことや、新しいことや、未知のことが好きだ。--君たちは自分に耐えることがへたくそだ。何とかして君たちは自分を忘れて、自分自身から逃げようとしている。もっと人生を信じているなら、瞬間に身をゆだねることが少なくなるだろう。だが君たちには中身がないので待つことができない、怠けることができない!どこでもかしこでも、死を説くものの声が聞こえる。この地上には、死を説かれる必要のある連中が、いっぱいいる。"
これを見たときに感じたのは、未知はことを好む人が多いんだと驚いた。私の印象では、周りの一般的な人々は、未知の物よりも既知のものを好むと思っていたから。未知のことが好きな人が多いというのは、もしかしたら昔の話かもしれない。だとしたら私は昔の多数派の考えをしているのかもしれない。また、最後の文は、死を説かれることが良いことなのか悪いことなのか分からない。

読了後の感想:
何もすることがなくて暇よりも、忙しい方がいいと思っていたけど、忙しすぎるの逆にダメなのかもしれないと考えを改めた。ニーチェは、自分を忘れるために激務に走るべきではないと言っている。

他作品と比べた感想:
似た作品は読んだことはない