シーシュポスの神話
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太宰治の「人間失格」を読んで、自殺は逃げなのか?という疑問が生まれた。その疑問に対する一つのアンサーがこのシーシュポスの神話に書かれていたので購入。
"みずから意志して死ぬとは、この習慣というもののじつにつまらぬ性質を、生きるためのいかなる深い理由もないということを、(中略)認めたということを前提としている"と書いているため、カミュは自殺することは生きることに意味を見出せないからだという思いがある?でも、脚注では自殺がりっぱな思考と結びついている場合もあると述べているので、シシューポスの神話としては、自殺することは生きることに意味を見出せないからだという思いをベースにして書いているが、著者自身としては答えはわからない、またはケースバイケースだという考えなのかな?
この世界はそれ自体としては人間の理性を超えているという記述があったが、それ自体としてはとはどういう意味なんだろう?また、AIが人間の理性を超えられるのであれば、この世界を捉えられる?言語にしようとするから次元が落ちる?